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週刊読書人2004.10.29.(2560)号掲載 ホメオスタシス対立としてのチェチェン戦争 ザーラ・イマーエワ

社会学は、人生が如何なる法則の上に成り立っているかをあまり考えない人々にとっては、第一の思考課題とはなり得なかった。多分、「人生の意味」という評判倒れの意義とこれらの法則の結論は、しかしながらチェチェン人にとっては、今日、生き残りのための鍵となる条件となっている。 昨年の日本旅行にあたって、私はしばしば、何がチェチニアで起こっているのか?これは宗教戦争なのか?石油を巡る戦争なのか?ロシア人とチェチェン人の間の民族的憎悪なのかといった質問を受けた。そして次ぎになぜそれが起こったのかという質問が続いた。   

9月に北オセチア、ベスランの町で罪のない数百人の子どもたちの命が奪われ、傷つけられる悲惨な事件が起こった後、これらの質問はより鋭くかつアクチュアルなものとなった。 この犯罪の経過は、人質の数の過少発表に始まり、奇矯きわまるバサーエフ声明に至るまで、嘘と政治的博打の集積であった。誰が罪なき子どもたちに危害を加えた真犯人なのか、誰が学校の爆破とロケット弾攻撃の首謀者だったのか、フリー・ジャーナリスト(訳注:ラジオリバティー、アンドレイ・バビツキー記者)たち拘束の指示を出したのは誰だったのか?これらの疑問への、回答はいずれは見つかるであろうが、悲劇の始まりから現在に至るまで、このテロ事件がチェチェンでの戦争とどう関係しているのか?この犯罪を行った者がチェチェン人であったのか、否かについての論争は静まることがない。    

思うところ、回答は簡単であろう:テロ行為はチェチェン戦争と関連している。チェチニアは、このような事件を巻き起こす超現実的な舞台装置の背景として、極めて好都合な環境にあったのだ。そしてこの犯罪行為を組織した者たちはこのことを実に良く知っていた。   

しかし、部外者にとって、連邦軍の様々な兵種における員数外人員、チェチェン・イングーシ境界線の全面封鎖状況、将に北オセチアに展開するロシア軍基地の数々といった、この地域の現実的状況を思い描くことは容易ではない。極めて重武装の一団が、戦略空軍基地、ロケットおよび装甲戦車部隊のひしめく全く遮蔽物に欠く平原部を数10キロにわたって移動できたのであろうか?そしてもっと謎なのは、これらの一団が、報道機関が書きたてているところの武装チェチェン人が基地とする南部山岳地帯の山中から、数十にも及ぶ武装検問所の配置された全チェチェン・イングーシ領域を通り抜けてオセチア国境まで行けたことである。   

さらに何故にテロリストたちが、少なからぬ数のチェチェン人を収監している監獄や哀しくも良く知られた選別収容所の所在するモズドクと比べるなら、全く平和な町であるベスランを選んだのかは理解に苦しむ。    

もしもこのテロ行為に政治的な裏面が存在するとしても、イングーシ・オセチア住民間の領土係争のくすぶりのあることを知らぬ訳のない占拠事件組織者は精神的に狂った存在となってしまう。もしも、これがいわゆる統制の効かない過激パルチザン分子の仕業だというのなら、何故に多くの意見の相違を抱えるとはいえ、実に多くの点でワイナハ(訳注:チェチェン・イングーシ)の民と共通の絆を持つオセット人にではなく、チェチニアへの契約志願兵で構成される特殊懲罰部隊を送り出しているスタブロポリ(訳注:隣接するロシア領)地方の住民に刃を向けなかったのか?    

そして、第2次チェチェン戦争当初の幾千の子どもたちを含む多くの村や町そして人々が犠牲となった時期ではなく、この5年目になってこの事件は発生したのか?何故にグルジア・オセチア間の対立激化を背景とする昨今の地政学的矛盾先鋭化の時期を選ぶようにこの事件が起きたのか?何処へ民間人の衣服や白衣に着替えた傭兵たちは、再び髭を生やし、迷彩服に戻り、民族・人種や身分証明書まで変えて消えていったのか?しかし、これらの問題は、表面的な問題であり、将来の国際法廷での聴聞に真実究明は任せよう。    

良く聞かれるチェチェン人の冗談に「バスチーユ要塞を破壊したのもチェチェン人ならば、オゾン層に穴を開けて地球温暖化を引き起こしたのも、我々チェチェン人の仕業だ!」というのがある。大国のプロパガンダ機構は、好き放題に、念入りな差別の方法を思いついては、一つの小さな民族に罪を擦り付けようと仕掛けてくる。 ベスラン事件は、そのごく始めよりチェチェン人の仕業とされ、スキャンダルから2週間の時が過ぎ、客観的目撃証言がチェチェン人説の破綻を証し始めると、ロシア報道機関以外、信じ込む者がいないような、バサーエフによる「犯行自認」が、突然ウェブ世界の深淵から現れた。しかしながら、真実の所、学校占拠テログループ中には、チェチェン人もイングーシ人もいなかった。彼らがいるということは、不可能だった。 

その理由は、ワイナハ社会の全成員の個と集団が、大きな責任を課された「掟」のもとに暮らすという、簡潔で不変な内的社会機構にある。懐疑論者は、これを古びた神話と言うかもしれないが、ベネディクト・スピノザは、「多数者に承認されぬものは、真実たりえない」と述べている。我が社会は、時に「アダート」と呼ばれている血讐と父権制によって統御される内的な不文律によって生きている。 これが「子ども」とどう関連するのか?これは、最も密接な関係なのである。チェチェン社会では、子どもに対する責任は、父親と父親の系統の親戚が負い、生涯、その末裔たちの過ちにも彼らは責任を負う。子どもたちもまた、その父や祖父が犯した罪の罰を受けねばならないのだ。離婚がチェチェン人家庭に発生した場合、子どもは父方に引き取られる。子どもたちは、父子孫々、恥も栄光も七代にわたって引き継いでいく。従って、チェチェン人は、一つ一つの自らの過ちが、自らの将来に禍根を残すと承知している。 チェチェン社会の子どもに対する関係は、他のあらゆる民族にも共通することではあるが、ただごとではない。それは、七歳、一五歳と言った年齢階梯を追った教育的・心理的規律の神聖なものなのである。そこには、子ども同士あるいは成人との会話に使われる別個の「児童語」が存在し、七歳の最初の「成人」まで、それが使われる。

子どもに関わる民族誌的題材は、とりわけ美しく多様であり、その哲学的内容の奥の深さと実用上の合目的性には、驚かされる。チェチェン社会が子どもに寄せる並々ならぬ感情は、これはコーカサスの近隣民族にも共通するが、あらゆる子どもは、神からの授かりもの、いわば天使であり、情愛を注ぎ、優しく接するべき対象なのだ。 ベスランの悲劇の組織者たちの主要な計算違いは、オセット人が、隣接する民族たちと同様の「掟」に生き、隣人の社会組織を良く心得ているということにある。一方の相手が執拗に挑発したにも関わらず、集団ヒステリーや、民族的容貌によるポグロム(訳注:ロシアでしばしば行われてきた集団的襲撃)が発生を今回起こらなかったのだ。

チェチェン戦争の原因と特色に問題を戻すと、報道機関が振りまいている諸説は、いずれも正しいとは言えない。それは、宗教戦争でも、民族間紛争でも、まして資源戦争でもありえない。もしもロシア・チェチェン紛争の現段階を抽象化して見るならば、そして過去の幾百年が負けず劣らず流血に満ちあふれ、残酷さに事欠かぬものだったという、ささやかな歴史的展望を試みるなら、現行の諸説がいささかの根拠にも欠くものであることが明らかとなろう。そして今もまたロシア側は、同じ弁舌でチェチェン人を国益を妨げる無法な反乱者と呼び、チェチェン人は自らの生活と自らの民族的伝統を守ろうとして死んで行っている。

明らかな武力の不平等と逆説的に長引く紛争に、ロシアの分析家たちは、回答に窮してはチェチェンにおける「国際テロリズムの使者」とか、「女性殉教者大隊」等々の存在をひねくりだしているのである。 この慢性化しつつある戦争についてそれを敢えて名付けるなら、ホメオスタシス対立とでも呼べるのではなかろうか?それは、二つの異なる価値観の間の対立であり、価値観の異なる社会機構の間の対立である。ホメオスタシスは、外的変化に対抗して内的な恒常性を維持しようとする機序を指す医学用語である。 もしチェチェン社会を硬質の結晶のような構造の社会と見て比較するなら、ロシア社会は常に変態(メタマルフォーズ)を遂げているいわばゼリー質とでも言って良い社会である。それは国境線が唯一この無定形の塊の拡散を防ぐ、目先の利益追求型の国家でもある。むろん、このような比喩は非常に相対的なものではあろう。古典的なチェチェン民族の一体性は、数世紀にわたる地政学的な隣邦の侵略とチェチェン人にとっては異質な宗教的・政治的イデオロギーの侵入によって分裂を余儀なくさせられているし、ロシア国家機構も均質、等質ではありえず、ここでもチェチェン人のせいだとされる内紛と矛盾に沸騰しているからだ。

全ての戦争、支配、犯罪には遅かれ早かれ終わりの時がやってくる。そして後悔と弁解を迫られる時がくる。そしてもちろん罰される時が。その時には、流血のみならず、子どもたちに涙と恐怖を与えた者たちの良心がまず裁かれるであろう。

筆者: ザーラ・イマーエワ Zara IMAEVA 1961年生まれ チェチェン人女性亡命ジャーナリスト、映像作家 現在アゼルバイジャン、バクー在住 「子どもの物語にあらず」「春になったら」などの映像作品で知られる。2003年秋、アムネスティ・インターナショナル日本の招きで来日。

訳者: 岡田一男 映像作家

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