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ハインリッヒ・シュリーマン

 
 トロイ遺跡を発掘したのはドイツ人のハインリッヒ・シュリーマン(一八二二〜一八九〇年)であった。シュリーマンは貧しい牧師の子としてドイツの寒村で生まれ、少年の頃からホメーロスの「イーリアス」を愛読し、これは神話ではなく実際に起こった出来事を記述した物語であると信じ、「トロイ戦争」に登場するトロイアは実在すると信じていた。
 彼は十四歳から食料品雑貨商の下で働き、語学の習得に励んだ。彼は語学の天才で英語、フランス語、オランダ語、スペイン語、ポルトガル語、スウェーデン語、イタリア語、ギリシャ語、ラテン語、ロシア語、アラビア語、トルコ語に詳しかった。
 この内、ロシア語が彼の財を成す切っ掛けとなった。やがて独立しロシア貿易で巨万の富を築いた。そして、少年の時の夢を追い三十歳半ばで事業から手を引き、フランスで考古学を学びトロイア発掘に情熱を傾けた。
 彼は当時、かえり顧みられなかったヒッサリクの丘をトロイアと考え、発掘を開始したのは一八七一年の事であった。
 当時、発掘技術も未熟であったのか彼の発掘は乱暴であった。今、トロイの遺跡は第一層から第九層まで有ると云われているが、彼は九層、八層、七層、六層、五層、四層、三層と遺跡を破壊し第二層で黄金のデスマスクをはじめ八千点にのぼる財宝を掘り当て、神話のトロイ王の名をとり「プリアモスの財宝」と名付けて祖国ドイツに持ち帰った。
 シュリーマンが生きた頃の考古学と現在の考古学とはかけ離れていると思うが、シュリーマンは考古学の専門家でもなく貴重な遺跡を次々と破壊してしまった。
 しかし、シュリーマンの発掘によってギリシャ時代以前の紀元前三千年前からこの地に都市が存在し、トロイは幾度と無く戦火や火災で焼失し、瓦礫を埋めてその上に新しい都市を築き、第九層まで都市が築かれていた事が証明された。
 現在の研究ではシュリーマンが憧れた「イーリアス」の「トロイ戦争」が起こったのは紀元前一二七〇〜一二五〇年の第七層と云われている。シュリーマンが火災の跡からイーリアス当時のトロイだと考えた第二層は紀元前二五〇〇〜二二〇〇年頃の遺跡であった。
 シュリーマンはトロイ遺跡の発見者として現代に名を残しているが一方、トルコでは遺跡の破壊者であり、財宝を盗み出した盗掘者としてすこぶる評判が良くない。現地ガイドのベルマさんも度々シュリーマンを批判していた。
 トロイの遺跡は一九九八年世界遺産登録されたがシュリーマンによって破壊されたのかただ石組みが残っているに過ぎない遺跡であった。



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